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楚材晋用(そざいしんよう)

天地人 その6

最後まで見た。

豊臣が圧倒的にいいように描かれていて、笑った。
まあ、徳川がよかったとも思わんのですけど。


それから、ところどころ、歴史の間違い(意図的にしたもの)がありました。

国家安康、君臣豊楽に目を付けたのは、以心崇伝だったと言われています。
(まあ、林羅山や南光坊天海らのブレーンも関与していたでしょう)
なので、遠山なんたらの発案ではないです。

千姫救出。
これは坂崎直盛がしたものとされていて、近年ではそれも後世の創話だとされていますが、
まあ、なんにせよ、兼続や幸村は関わっていないです。

大坂の陣の是非。
天地人では、家康が好戦。秀忠が非戦でしたが、事実は逆だったそうです。
秀忠という人物は当時、戦が下手というか、ダメだという印象を諸大名が持っていました。
これは関ヶ原で真田にいいようにやられたからなのですが、
そのイメージを払拭させるために、そういう強さというものを見せなければならなかったから、
と私は解釈しております。


真田幸村

あとは、あんまりピックアップされてなかった幸村の活躍。
幸村は冬の陣で、真田丸という出城を築きます。

これは大阪城から突出するような形の砦でして、
西洋では鉄砲や大砲が攻城戦の主流になってから発案された防衛戦術です。

日本では、この戦の後、250年ほど(島原の乱を除く)戦がなかったので、
この対大砲用の出城を考案したのは幸村だけとなります。

まあ、幸村の独創というよりも、彼の父である昌幸の発案であるかと思うのですが、
(私は戦国時代で一番の戦の天才は昌幸だと思っています)
それを実行した幸村の才能も推して測るべし。かと思います。

幸村の話で長くなりますが、夏の陣では、
外堀がない状況では出城の意味がないと判断し、茶臼山に陣を敷きます。

誰の本で読んだか忘れましたが、夏の陣に於いてここが唯一敵本陣を狙える位置だったそうです。

そして、幸村は家康の本陣を三度も突き崩して、その度に家康を潰走させるという
すさまじい戦いぶりをすることになります。

こうして、彼は伝説となり、現代の腐女子の方々を喜ばせているわけです。


直江兼続

ソースをよく知らんのですけど、途中で妻夫木さんじゃあダメだという話が上がったそうですね。
それを知ったのは、その話が出てから大分経っていたのですけど、

バッカじゃなかろかと思った。

十分です。いやさ、新鮮な演技で、かなり良かったです。妻夫木さん。

もう、時代劇はこうじゃなきゃダメだとか、そういのは勘弁。
その時、その時ごとに、演技は新しくなるし、歴史解釈も変わっていく。
時代の変遷というものを見極めて、その上で古くてもいいものを残していこう。
とそう思うのです。


最後に、天地人の舞台背景は、(私にしては)知らないことがたくさんあって面白かった。
特に、御館の乱と加藤清四郎くんのブレイクは印象に残っております。

それから、来年は龍馬伝。再来年はお江。と決まっておりますが、
そろそろ、戦国と幕末以外の時代、そう、南北朝なんかいいんじゃないかと思うのですよ。NHK。

そして、来月。
NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」がやります。

原作は歴史小説の神様、司馬遼太郎。
登場人物は、
革命の俳人、正岡子規を香川照之さん。
日本騎兵の父、秋山好古を阿部寛さん。
そして、日本近代戦術における唯一の天才、秋山真之を本木雅弘さん。

坂の上の雲は三年に渡ってやるそうなので、
今年はたぶん、子規の最期ぐらいまでやるんじゃないでしょうか?

うおおおおお、楽しみだぜー。と吠える。


つか、長々と書きすぎた・・・



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天地人 その5

「実頼追放」を観ました。

同時期にほぼ主役でやっていたドラマは「どうだろう?」と思っていましたが、
小泉孝太郎という演者の評価がかなり高くなりました。

一地方領主の重臣の追放。
歴史の中では、教科書の1行にもなりませんが、
大河の1話分にはぴったりだったような気がします。

とりあえず、小泉孝太郎氏を親の七光りという目で見るのは終わりかな?



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天地人 その4

第二次大戦の終戦後、ある日本人がアメリカの将校にある戦図を見せたそうです。

その将校は、
「これは西側の陣が勝利だろう」
と即答しました。

しかし、日本人の答えは、
「東側の陣が勝ちました」
と答えました。

それに対して、将校は
「そんな馬鹿なことがあるか・・・」
としばし長考し、
「裏切りか?」
と答えたそうです。

これが、関ヶ原と呼ばれる合戦の後世の世の評価です。


関ヶ原と言うと、数年前まで三成がいかに戦が下手かを説明するものだったのですが、
古くは司馬遼太郎師から、近年では池宮彰一郎氏に至り、その評価は覆ります。

全滅
というのは戦史上でも稀で、
ほとんどの戦というのは、たいてい総兵力の一割か二割ぐらい減ったところで、
負けだと判断され、そのまま全軍潰走するというのはご存知でしょうか?

全滅というのは、兵が将に絶対の信頼をもっていないとなりません。
関ヶ原では、その全滅を3部隊が行います。

石田三成勢、大谷吉継勢、島津義弘勢

です。

この天地人の「ふたつの関ヶ原」では、
石田、大谷部隊の全滅具合を描写しています。

先に描写されない島津の話をしておくと、
関ヶ原合戦後、兵680の島津勢はそのまま徳川本陣に突撃。
一撃を与えた後、離脱し、残兵わずか18になるまで戦い続け、
そして、主君島津義弘を薩摩へ帰国させたという具合です。

これは無条件降伏をしないために一戦し、
主君(部隊の指揮者)を帰国させて、まだ戦えるという姿勢を貫くためのもので、
島津奔る@池宮氏 を読んでいただくとわかると思います。


さて、次は大谷勢の話ですが、
秀吉に万余の兵を指揮できる男と評されながら、小石の大名だった彼は、
西軍の右翼を務めながら、小早川勢の裏切りを予見して陣を敷いていたというのが、
現在の評論家の意見です。

つまり、大河のように小早川の裏切りに驚いたというようなことはなかったと思われます。
事実として、小早川の裏切り後もしばらくはもちこたえ、東軍に流れた戦機を押しとどめました。

が、大谷勢の与騎である脇坂・赤座・小川・朽木らも裏切るにつけ、
自らは自害。残された部隊も全滅するまで戦い続けました。

この大谷吉継が目も見えない状態で、そこまでの指揮をしたというのは有名な話です。


さて、石田勢の話になりますが、
戦下手で有名な彼は、島左近・蒲生頼郷・蒲生舞兵庫という当時有名な武将を配下にしていました。
彼らを雇うために自分は家臣より低い禄しか得ていなかったというのは有名な話です。

なので、部下たちは三成のために命を惜しみませんでした。
島左近は遺体が見つからなかったし、他の部下も生き延びていません。
なにより、徳川勢の大半を石田勢が受け切っていたという事実もあります。


歴史if というやつですが、もし、三成が決起していなかったら、
これは確実に徳川の世になっていたでしょう。
それくらい家康は織豊政権を経て老獪になっていました。

だから、この慶長5年、1600年というのは、

豊臣が天下を保持するか、徳川が天下を取るか、

また、大名による衆議制政権(豊臣)か、徳川という絶対政権か、

というもの決定する運命の刻でした。


結果として、福島、小早川、加藤も、毛利も、そんなことなど考えもしなかった
政治を主導しているという認識のない人間が天下を決定させてしまった。
というのが、私の彼らの評価です。

天地人では、義の旗の元、上杉に三成が感化された上の義の戦になっていますが、
三成であれば、なにがなんでも自らの義を貫いていただろうとそう思うわけです。

なんにしても、負けた側の人間を悪く残さないというのは、
現代の日本の最も良いところだと思います。


さて、最後ですが、小栗旬さんの三成、格好よかったですね~。
正直、もうちょっと長く見ていたかったです。
とかなんとか言っていると、次回は「三成の遺言」だとか、
(録画で観ているのでちょいと、時間がずれています)
最後の見せ場を明日(?)観ます。



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天地人 その4 ~本能寺の変~

同人・インディーズゲーム部会関連で、他所さまにリンクしていただいたおかげか、
アクセス数が多くなって困惑してます。虎舟です。

だって、身内ぐらいしか見ないだろうという感覚でやってるブログですもの。
アクセス増えるのは大歓迎なんですけどね。



信長、死にましたね。
ええ、そりゃあ本能寺の変ですから、死ななきゃいけないんですけど。

日本というのは狭い国なのですけど、戦の天才が多い国です。

源義経(騎馬機動力による一点突破)
楠正成(少数による防衛)
武田信玄(騎兵の活用といいたいところですが、戦略眼ですかね)
上杉謙信(戦術の開発、車懸の陣など)
大村益次郎(近世兵器の応用)
秋山真之(日本戦術の海戦への応用)

一時代に一人ずつぐらい上げていってもこれくらい。
有名どころじゃなければもっとたくさんいます。

もちろん、信長も天才的な戦術を活用しています。
長篠の戦と天王寺の戦い(木津川口前哨戦)による火力の一点集中による撃破です。

後者はあんまり有名ではないので、長篠の戦を例に出しますが、
火力による騎兵の殲滅は、この十数年後にオランダ公のマウリッツが成立したと言われていますが、
鉄砲が伝来してから50年経っていない国で、それを着眼したのが信長です。


でも、政治の天才っていうのはごく希少で、

平清盛(武家政治=封建制の確立)
織田信長(???)

他にも聖徳太子とか、高杉晋作、坂本竜馬なんかを加えることもできるのですが、
一人目は実績がよくわからない。あとの二人は政権を得る前に死んでますしね。


ところで、信長だけカッコの中身を ? にしたのですけど、
楽市楽座とか、兵農分離とか、そういうのは信長の独創じゃないんです。

信長の天才的なところは、
地球儀を見て、地球が丸いということを即座に理解したとか、
秀吉とかを登用した人物眼(この辺は天地人の解釈と私は異なります)。

それから、信長の統治機構を調べていくとその先の世界を見ているような気がするのです。
(この辺は、池宮彰一郎氏の「本能寺」とか読んでいただくとよいかと思います。
→池宮彰一郎氏は盗作作家の烙印が押されてしまっていて、ひどく世の評価が
低くなってしまっていますが、素晴らしい作家さんだと思っています)

どちらにしても、封建制度は壊す気だったんじゃないかと、学者さんたちもそう考えてるみたいです。

だー、本能寺のシーンを書くのに信長話が長々となってしまいましたが、
それくらい好きなんです。信長が。

同じ大河の「秀吉」や「利家とまつ」と比べると扱いは小さいですけど、
それでも、終焉の始まりである本能寺の変はやはり巨(おお)きな話なのです。


魚津落城
上杉勢からしたら、本能寺があと数日早ければ、そう思えてならない痛恨事です。
実際、結構な痛手だったみたいですね。

初音
原作と扱いが違うらしい。大河終わったら原作読んでみようかな。

菊姫
出番が少ないよ! 少ないよ!!

真田信繁
だれだ? というか、真田幸村の本名です。
いよいよ出るぜ。いよいよだぜ。最初は人質で上杉に来るはず・・・
なんだけど、あれ? 次回予告とかもう豊臣との謁見だ。その前じゃなかったっけ? あれれ?



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篤姫 その3

えー、今更見ております。昨年の大河ドラマ篤姫。
なんとか最後まで見ました。

この作品の功績は小松帯刀を著名にしたことではないでしょうか?
私は小松帯刀という方は、おーい竜馬を読んでからちょいちょい調べました。

小松家も、養子になる前の肝付家も薩摩では有名な家柄です。
そのため若くして要職に就くことになり、さまざまな人の躍進の架け橋になります。
西郷吉之助 島津久光に嫌われていたが、帯刀の仲立ちにより復帰。
大久保利通 郷士であったところを帯刀により推挙。久光の側近となる。
坂本竜馬 海援隊の出資などを承認
とまあ、ざっくり書いてこれくらいの事をしています。

これくらいのことは誇張されていますが、篤姫でも描かれています。
でも、篤姫で一番良かったと思う設定は、
篤姫と帯刀が幼馴染で、帯刀が篤姫を好きだったというものです。
あくまでこの作品の中での設定ですけど。


印象に残ったシーン。が二つ。

一つは、家定の最期のシーン。
「わしからはもう行けぬ」(うろおぼえ)
という堺雅人さんが、その前の篤姫との交流も含めて良かったです。

もう一つは、最初の方の話なのですが、菊本の自害。
篤姫のために菊本が自らの命を絶つシーンは、見てから一年経った今も憶えています。
当時の乳母というものは、ほとんど母親のような存在で、菊本もそうだったんだろうと予測します。
さらに、現代の人間では想像もつかない”忠義”という概念。
自分の命よりも、家や主従といった関係が重かった時代。壮絶です。

篤姫を全然見たことない人も、ここまでは試しに観てみて欲しい。そう思います。

この辺は来年の大河ドラマ龍馬伝でも、竜馬が脱藩する際に同じようなシーンがあります。
たぶん、泣きそうになります。



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