楚材晋用(そざいしんよう)

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坂の上の雲

えー、全部見終わる前に書き始めたんですが、
めっちゃ長くなりました。
歴史に興味がない方とかポカーンだと思います。

まあ、3年分の感想ですね。
どっかで書いちゃうと、日本海海戦をネタばれしちゃいそうだったので。

時間あるから付き合ってやんよという方は
お読みいただければと思います。



小説の神様

まず、司馬遼太郎先生がお亡くなりになられてから、
10年以上の年月が経っていることが驚きなのですが、
「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」は、戦前戦後に書かれた
本だということを理解していると、
司馬先生のすさまじさに気づかされる作品であります。

現代のわれわれが得られる知識は、
関係各書やインターネットから得られるものですが、
司馬先生の当時は、本屋しかありませんでした。

一説には、司馬先生は一作のために数千万円分の資料を
お集めになられていたらしく、
司馬先生が執筆を始めると、神田の古本屋から本が消える
という逸話もありました。

その資料マニアクスなところをひっぱってくると、
秋山兄弟の食事のシーンで、1つの茶碗の話があります。

これは、2人で1つの茶碗で食事をするという話で、
真之がご飯を食べている間、好古はそれを待っていて、
食べ終わるとそれにお酒を注いで飲む。
そして、またご飯をよそって、真之が食べるという話で、
好古はお酒が大好きで、「早く食い終われ」とか言った逸話。

こんなシーン、当時の史書にはどこにも書いてないわけですよ。
おそらく、関係者の日記から引用したと思われています。

そんな小説の神様、司馬遼太郎先生が、
国際関係を考慮して、映像化を避けてきた日露戦争を
題材とした作品、「坂の上の雲」

それが昨年末、大円団を迎えました。


坂の上の雲

主人公は、
 日本騎兵の父 秋山好古
 日本史上、最高の参謀 秋山真之
 日本詩想の中興の祖 正岡子規
の3人。


正岡子規

好古は最初から軍人の道に進むわけですが、
真之は5男であることもあり、
子規といっしょに文学の道を進むわけです。

子規も真之も文学の才能はあるわけですが、
子規は国際情勢もあり、軍人になりたいと願いますが、
残念ながら、健康がすぐれず、断念します。

逆に真之は子規と兄の影響もあり、軍人に進み、
子規はそれに憤慨するような形で、
詩作に没頭していき、その時代の作品が後世に評価されることになります。

おそらく、死の間際まで自分の中の葛藤と戦っていたのでしょう。
原作もテレビも、その辺を強くメッセージしています。


秋山好古

さて、日本騎兵の父と呼ばれる好古ですが、
正確には、日本騎兵唯一の指揮者。というべきでしょう。

日露戦争以後は、大東亜戦争まで大きな戦闘がなかったことと、
その時代には動力機関が発達していて、馬は主戦兵器ではなかったので、
日本軍の騎兵の指揮者というのは、好古のみになります。

坂の上の雲では、(好古が主役の一人にも関わらず)
奉天会戦より、旅順攻防戦に主眼をおいていまして、
乃木、児玉さんたちの方が、主人公っぽくなっています。

この旅順攻防戦は、戦時における敗北の指標が、
全軍の30%が戦闘不能になった場合とされるのに対して、
おそらく、4万の将兵の死者は30%、
負傷者も含めて戦闘不能者は50%を優に超えるという、
日本陸軍第3軍のすさまじき奮闘の結果、
(この後の奉天会戦では、3軍は1万5千しか動員されていない)
勝利することになるのですが、

ここで特筆されるべきは、それでも後退しなかった
日本兵の士気および、乃木少将の指揮力。

もう、こんな戦闘は世界中のどこでも起きる可能性はないですね。

しかも、その上で乃木さんが世界史上に名を残したのは、
ロシアの将兵を問わず、その死者を埋葬したということでしょう。

原作では、児玉さんがいかにものすごい参謀だったかという
話になっていますが、(事実、児玉さんの作戦がなければ負けていた)
現地では、ノギという名前はまだ残っているそうです。


秋山真之

さて、そして訪れる日本海海戦。
この海戦というか、日露戦争自体が現代ではほとんど理解不能な
戦闘結果となっているのですが、

世に有名なトウゴウターンは、
現代戦術を勉強してしまった私では、理解できない作戦。

敵の眼前でですよ。反撃もしないまま船体を回頭させるなんて、
正気の沙汰ではない。

これは当日、波が高く、遠距離での砲撃の命中率は落ちるため、
その段階で敵の前方に回り込み(前方には主砲がないので、
敵は攻撃しにくい)逆にこちらの一斉砲撃を与えようという
作戦なのですが、まあ、正気の沙汰ではないです。

真之の作戦に関しては後述するとして、
それを採択した東郷平八郎という人物も化け物。

「対馬に来る」や「敵はまだ前進しておる」などの
指揮官としての明瞭な判断力は、世界史上に残る指揮力でしょう。

真偽のほどはあれですが、戦闘時に甲板に残ったっていうのも、
小説家には鳥肌立つ感じですよね!

さて、真之の話ですが、
軍人の道に進んでからは、海外の戦史などを研究していくのですが、

真之の発案した作戦は、作中では彼の独創であるとされていますが、
日本史上のものを改良しているのがわかります。

例えば、日本海海戦ですね。
これは、川中島の闘いで上杉謙信が使用した車懸りの陣の応用。

車懸りの陣は左翼に厚く陣を組んで、
それを右回りに突撃させていくことで、とてつもない突破力を
発動させるもので、総大将(旗艦)が先陣を務めるというのも同じです。

これは真之が海外のものだけでなく、
日本の戦闘のありとあらゆるものも研究していたからではないでしょうか?

そして、真之の一番すごいところは、
この戦争後、軍人を引退しているところです。
なんか記憶違いだったらしく、退役してないそうです。

おそらく、生涯軍人として生きるには優しすぎたのかもしれませんが、
人の一生は、なにかしら一つの役割のためにあると思わせてくれます。


日本海海戦考察

「でも、バルチック艦隊って本当にすごかったの?」
なんか日本が圧勝してしまっているので、
その辺が眉唾になってしまっている感もあるのですが。

これは指揮官の能力の質でしょう。
指揮官であるロジェストヴェンスキーは、決して愚将ではありません。
むしろ、戦後責任を自分で負うという、名将に類する人です。

ただ、遠征をするということを念頭に入れて戦闘に挑めなかった
ということなのだと思います。

連合艦隊は、日本海で待っていればいい。
しかし、バルチック艦隊は世界を半周してやってくるのです。
しかも、ろくに補給もなく、ドックにも入ることなく。

私は、戦闘は突破力。戦争は兵站(補給)力で決する。
と思っておりますが、日本海海戦ではたまたま
連合艦隊がバルチック艦隊のそれを上回ったのだと思います。
(事実、陸軍の方は、それらに関しては完敗していますので)


結論からしますと、この日露戦争という戦争は、
ロシア軍対日本の全て、だったのだと思います。

作中でもちょいちょい出てきてましたが、
ありえないんですよ。国民の軍費の負担率が。

日本海海戦とか見てて、泣いてしまったんですが。
この砲弾一つにかかるお金で、一つの村とかが崩壊してるはずなんです。

東郷平八郎も大山巌(陸軍大将)も、
決して、高い身分の出の方ではないので、その辺のことも理解して、
指揮をとっているわけです。
これが泣けずにいられましょうか!?

日露戦争は、
まことに小さなこの国が、世界史に一つの痕を残した戦い。

今、われわれがあるのも、ここで世界と戦ってくれた
英霊さんたちのおかげでもあるのです。


えー、だいぶ長々と書いてしまってすいません。
日本海海戦については、論文とか書いたこともあるので、
ちょっと、語りすぎてしまったりしまして。

なんにしても、ここまでお読み下さりありがとうございました。

日本人は、誇りを持って生きましょう! では!!


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